<執筆者:弁護士 生田秀>
2020年4月1日、「第三者からの情報取得手続」の運用が開始されました。
弊所では、開始前から準備を進めて、東京地方裁判所、横浜地方裁判所、さいたま地方裁判所等で第1号の案件を申立てしています。
現在進行中の手続であるため具体的な進行状況についてウェブサイトでお伝えすることはできませんが、市町村に対する勤務先の照会や、銀行の本店に対する預金の照会等の多数の案件が継続中であり、具体的な成果が出てきましたらまとめてお伝えしたいと思います。
第三者からの情報取得手続を利用してできるようになったことは、現時点では、①勤務先の照会と②預貯金情報(株式情報)の照会です。
「第三者からの情報取得手続」の申立方法・書式(裁判所のウェブサイト)
https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section21/dai3shajyouhoushutoku/index.html
【①勤務先の照会】
これまでは、養育費を支払ってもらえない場合に相手方の給与を差押えしようとしても、離婚後に転職してしまっていて新しい勤務先が分からない場合には、給与の差押えをすることができませんでした。
しかし、源泉徴収事務を取り扱う市町村や、年金の業務を取り扱う年金事務所は、誰がどこの会社に勤務しているかを把握しているはずです。
第三者からの情報取得手続を利用すると、裁判所を通じて市町村や年金事務所等に照会することで、現在の勤務先に関する情報を取得して、給与債権の差押えにつなげることができます。
勤務先の情報を取得するためには、「第三者からの情報取得手続」を実施する前に、「財産開示手続」を申し立てる必要があります。
財産開示手続とは、債務者を裁判所に呼び出して、勤務先や預貯金口座等の資産の内容について、債権者が質問をすることができるという手続です。不出頭や虚偽の陳述に対しては罰金が科せられます。
財産開示手続で債務者が不出頭であったり、開示された勤務先に対して給与の差押えをしても既に退職していて差押えが失敗した場合に限り、「第三者からの情報取得手続」に進むことができます。
勤務先情報の照会ができるのは、養育費や婚姻費用等の扶養義務に関する債権と、交通事故の損害賠償請求権等の生命身体損害に係る損害賠償請求権を請求債権とする場合に限られます。
情報取得の対象(第三者)は、債務者の住所地の市町村か、都道府県の年金事務所になります。市町村が把握している勤務先情報は、毎年1月時点で源泉徴収事務を通じて把握した勤務先であるため、1月以降に転職をしている場合には、新しい勤務先の情報は得られないことになります。1月以降に転職をしている可能性が有る場合には、年金事務所から情報を取得した方が、最新の勤務先情報が得られる可能性があります。
市町村に照会をする場合は、債務者の住民票の所在地の市町村に照会をすればよいのですが、年金事務所に照会をする場合は、勤務先の所在地を管轄する年金事務所に照会をする必要があります。「神奈川県に居住しているが都内の会社に通勤している」という方のように、都道府県を超えて通勤している可能性が有る場合は、複数の年金事務所に照会をすることも考えられるでしょう。なお、日本年金機構に照会をすることも可能ですが、結局は日本年金機構から各都道府県の年金事務所に照会をすることになるようなので、時間がかかってしまうようです。
【②預貯金情報の照会】
これまでは、相手の預金を差し押さえをする場合に、差押えをしようとする債権者の側で、銀行名と支店名を特定しなければなりませんでした。
離婚した相手が使用していた銀行名は覚えていることがあっても、支店名までは分からないことが多く、相手方が利用していそうな店舗を予測して差押えをせざるを得ず、費用をかけて差押えをしても「空振り」になることが多くありました。
また、銀行の本店に対する弁護士会照会により支店名を回答してくれる銀行もありますが、守秘義務を理由に回答をしない方針をとっている銀行も多く、全く情報が無い場合には差押えを諦めざるをえませんでした。
「第三者からの情報取得手続」では、各銀行の本店に対して裁判所から照会をすることで、債務者がどの支店にいくらの預金を有しているのかを回答してもらうことができます。銀行からの回答を受けて預金の差押えをすることで、空振りを防ぎ、効果的に預金の差押えができる可能性が有ります。
また、株式情報の照会では、具体的な証券会社を特定せずとも、証券保管振替機構に対して照会をすることで、債務者がどの証券会社に上場株式・社債を預託しているかという情報を取得することができます。
預貯金情報の照会は、勤務先情報の照会とは異なり、事前に財産開示手続を申し立てる必要はありません。ただし、「強制執行をしても完全な弁済を受けられないこと」など、財産開示手続の申立ての要件を満たすことを「財産調査結果報告書」により疎明する必要があります。
また、預貯金情報の照会の申立てができる債権者は、養育費債権等の債権者に限られず、通常の貸金債権や損害賠償請求債権など、債務名義がある債権を有する債権者であれば申立てが可能です。
ただし、銀行の支店名まで特定する必要は無いものの、銀行名は特定する必要があるところ、複数の銀行を対象にする場合には、対象とする金融機関が1件増えるごとに4,000円の予納金(金融機関の報酬2,000円を含む)を裁判所に納付する必要があるため、情報取得の対象とする金融機関を増やすと相応にコストがかかってしまうことに注意が必要です。